パワハラで公務員の上司の個人的責任を問えるか


 公務員の労働問題は、通常の労働事件とは異なりますが、以下もその一例です(たとえば公務員の勤務関係は私法上の労働関係ではないと解されています。労働契約法22条)。


 パワハラやセクハラの問題が生じたとき、通常は、会社ともに、パワハラやセクハラをした当事者を相手方(被告)に加えることが多いのではないかと思います。
 しかし、判例上、公務員の場合には、上司がパワハラやセクハラをしていても、その公務員の上司自身は責任を負担しないとされています(最高裁昭和30年4月19日判決・民集9巻5号534頁、最高裁昭和47年3月21日判決裁判集民事105号309頁、最高裁昭和53年10月20日判決・民集32巻7号1367頁)。


 そのため、判例に従うと、国や地方公共団体等だけを国賠という形で訴えることにならざるを得ないのです。

 しかし、一般の相談者からすると、なぜ民間の会社とそれほど違うのか、なぜ上司が守られるのか、不合理ではないか、との疑問が当然に生じるわけです。なかなか難しい問題です。
 
 この問題について論じたものとして、松本克美 立命館大学大学院法務研究科教授の「公務員の対外的不法行為責任免責論の批判的検討-修復的正義論及び法心理的分析をふまえて-」(立命館法学2015年3号【361号】)という論考があります。


 この論考は、大学病院から派遣されて市立病院に勤務していた若い整形外科医が、長時間の加重な勤務を強いられたほか、上司らから暴行・暴言を受けていたことが原因で自殺したという事案を題材にして書かれています。なお、この事案は、最終的に、市立病院組合に対して1億円余りの賠償は認めたものの、最高裁は、やはり、公務員の上司に対する責任は認めずに終結となったようです(鳥取地裁米子支部判決平成26年5月26日 労働判例1099号5頁、広島高裁松江支部平成27年3月18日判決 LEX/DB25540128)。


 論考では、旧民法の起草の中心となったボアソナードは官吏の不法行為には民法が適用されるとしていたこと、明治民法典の起草者穂積陳重は「特別法がなければ民法が適用され、国や官吏が不法行為責任を負うとしていたこと」、国賠法の立法過程においては個人たる公務員が責任を負うかどうかは結局解釈に委ねられるとしていたこと、などが指摘されています。つまり、最初から、否定説という流れではなかったのです。

 最高裁の否定説の論拠は明らかではないものの、論考は、否定説の実質的根拠は、山形地裁米沢支部判決昭和50年3月28日(訴月21巻5号987頁)が指摘する以下の理由ではないかとしています。

 すなわち「国家賠償法を含め、我が国の不法行為法は『損害なければ賠償なし』との原則に立ち、もつぱら、損害の填補を目的としているのであつて、懲罰的賠償責任、名目的賠償責任等いわゆる制裁的賠償責任を認めていないものと解すべきであり、国又は公共団体という支払能力に不安のないものが責任を負担する以上、公務員個人に責任を負わせなくとも、損害の填補という目的が十分に達せられるのである。個人責任を認めることになれば、それは、制裁的機能が前面に出てくるのであり、被害者の報復感情を満足させることが中心になってしまうのである。刑事責任と民事責任とが明確に分化、峻別されるに至った現在の法制においては、公務員個人に対する制裁目的は刑事責任の追及によつて果たすべきものであるし、また、懲戒権の発動によつても、ある程度制裁的機能を果たしうるのであるから、直接被害者に対する関係においては、損害の填補回復の十分性を中心に考えれば足りるのである」ということです。


 他方、論考は、公務員個人の責任を肯定する見解にも、①軽過失の場合も含めて公務員には民法上の不法行為責任が成立するという見解(全面的肯定説)、②故意・重過失の場合には国等の求償権との均衡から対外的な不法行為責任が成立するという見解(制限的肯定説)、③故意の場合に限り公務員個人の対外的不法行為責任が認められるとする見解(加重制限的肯定説)があるとした上で、ご自身は①説に立つとされており、また、最低でも②説をとらないとバランスが悪いとの指摘しています。
 なお、否定説の根拠として挙げられることがある「公務遂行の萎縮効果が生じる」との点については、(不法行為の要件としての)過失や違法性の判断で十分に対応できると反論しています。
 

 難しい問題とは思いますが、結局は、「損害賠償とは何か」、単に金銭的な埋め合わせができればそれで足りるのか、制裁的な意味があったら駄目なのか、真実を知りたいという意味を含めることはできないのか、謝罪や再発防止の意味を含めては駄目なのか、という損害賠償請求(訴訟)の根本に立ち返るしかない問題なのかもしれません。


 実際に、弁護士が、相談者からの各種の損害賠償請求の相談を受けていると、単純にお金で割り切れるものではないことは、弁護士全員の共通認識ではないでしょうか。
 民間の会社におけるパワハラ・セクハラ問題と比較して、「公務員だから」という理由だけで、当該ハラスメントを行った上司を(被害者との関係で)免責する最高裁の立場を継続することが良いのかは、ひとつ大きな問題と思われます。

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