合意に基づく人工妊娠中絶による慰謝料請求
付き合っている(た)女性が妊娠し、女性が妊娠中絶した場合、女性は男性に対し慰謝料請求できるでしょうか。
従前は、付き合っている(た)女性が、合意のもとに妊娠中絶をした場合、中絶費用の負担を求めることを超えて、相手方である男性に慰謝料請求をするというのは難しいと考えられていました。合意で性交渉をし、合意で妊娠中絶した場合に、相手方に慰謝料(精神的損害)を請求するための「法的な理屈」を立てるのがなかなか難しいと思われていたからだと思います。
ただ、たとえ合意ではあっても、妊娠中絶となれば、女性側に大きな負担が生じるのも事実です。
近時、慰謝料請求を認める裁判例が登場してきました。
東京地裁平成21年5月27日判決(平成19年(ワ)第34053号,判例時報2108号59頁)は、条理に基づく直接の責任は否定しつつ、「もっとも、条理に基づく義務があるとされるときにそれに違反することは債務不履行又は不法行為を構成し得ることは上記のとおりである。そして、本件において、原告は被告に不法行為に基づく損害賠償請求をしているところ、原告の上記主張は不法行為における義務とその違反についての主張であるとも理解することができる(被告はこれに具体的に反論している。)」として原告代理人の法律構成をストレートには採用しなかったものの、「共同して行った先行行為の結果、一方に心身の負担等の不利益が生ずる場合、他方は、その行為に基づく一方の不利益を軽減しあるいは解消するための行為を行うべき義務があり、その義務の不履行は不法行為上の違法に該当するべきである」として、当該事案において慰謝料請求を認めました。「(ただし、その不履行も原告と被告との共同の行為であるといえるから、賠償すべきは後記損害の2分の1とするのが相当である。)」としています。
控訴審である東京高裁平成21年10月15日判決(平成21年(ネ)第3440号、平成21年(ネ)第4523号、判時2108号57頁)も、本件事案において、母体は「選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが、それらの苦痛や負担は、控訴人(男性側:引用者注)と被控訴人側(女性側:引用者注)が共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生じるものであるから、控訴人と被控訴人とが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負う被控訴人としては、性行為という共同の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、控訴人は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務」(下線は引用者)があるとしています。
東京地裁平成27年9月16日判決(平成26年(ワ)第8149号,LLI/DB 判例秘書登載)も、同様の規範を前提に判断をしています。
実際の相談では、男性側が全く何もしていないということは少ないかもしれません。しかし、今後は、合意に基づく妊娠中絶の場合であっても「女性側の精神的身体的苦痛を軽減し、解消するための行為としていかなることをしたのか、女性側と等しく不利益を分担するためにいかなる行為をしたのか」が問われるように思われます。