人生はゲームなのか

人生はゲームなのか

 学問的にゲームを定義しようとすると難しい。一定のルールのもとに勝敗のつくものという定義が多いように思われる。ただ、おそらく人生はゲームだと言うと多くの人は怒るのではないかと思う。その理由は、人生がゲームだというには、あまりにも深い感情(痛み、苦しみ、悲しみ、怒り等)が経験的に伴うからだと思う。怪我したときに流れる血などを見て、これはゲームなのだとはなかなか思えないであろうし、親しい人が亡くなったときに生じる感情がゲームをしているときと同じ感情だともとても思えないであろう。人間がいわゆるゲームをしているときには、これはあくまでゲームであるという認識がどこかにある。したがって、仮にそのゲームで負けて悔しい気持ちがあるとしてもその程度は(どのような種類のゲームか、あるいはそのゲームへの思い入れの程度によって多少の違いはあるにしても)比較的軽い。少なくとも負けても死ぬわけじゃないという気持ちがどこかにあるのではないかと思う(命を懸けるゲームが絶対にないとは言えないが)。
 しかし、そのゲームを見ている自分を見失ってしまうほど、そのゲームに没入したらどうなるだろうか。ゲームの中で自分がなっている人物と同化するほど一体化するようなゲームが現れたらどうなるのだろうか。そして、そのゲームのコントローラーがゲームの中の人物の「思い」や「意思」に基づいているとしたらどうだろうか。そのゲームの中の人物がゲームの中だけが全ての世界であると思い込んだらどうなるだろうか。そのとき「ゲームをしている自分」と「ゲームの中で自分が動かしている人物」とが別であることを見失ってしまうことにならないだろうか。あまりにも深い感情を伴うゲームに囚われてしまい、そのゲームの世界だけが現実であると思って自分を見失ってしまうことになりはしないであろうか。最近のゲームの進化を見ていてなんとなくそう思うのである(ちなみに最近の漫画などでは「転生」をテーマにしたものも割とよく見かける。しかし、仮に「転生」というものがあるとして、誰が「転生」を司っているのかまで深く切り込んだものはあまり見かけないように思う。要は何かわからない原理で「転生」が起きているというのが前提であるものが多いような気がする)。そして、そうすると、自分が現実と思っているこの現実世界もゲームだということがあり得るのかもしれないとも思うのである。

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